糖尿病患者に肩関節周囲炎(五十肩)が多い
糖尿病特有の合併症や大血管障害による重篤な疾患にばかり注目してしまいがちですが、因果関係が明確になっていないばかりにグレーゾーンの症状もあるようです。
例えば、肩関節周囲炎いわゆる五十肩も、糖尿病患者に多い症状のひとつです。
筆者が通院(2009年1月時点)している整形外科の医師によると、糖尿病専門医でも知らない人が多いが、肩関節周囲炎が糖尿病患者に多いことは整形外科ではよく知られている
とのことでした。
米国整形外科学会のウェブサイトのFrozen Shoulderのページに、Frozen shoulder occurs much more often in people with diabetes, affecting 10% to 20% of these individuals. The reason for this is not known.
(翻訳)という記述があります。
糖尿病と何か共通するものがあるような気もしますが、放置していても自然に症状が消える肩関節周囲炎は、医学的研究対象にはならないようです。
肩関節周囲炎
- 肩関節周囲炎とは?
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ある一定以上の刺激が長期間、肩に蓄積し、肩関節の腱板や靭帯、腱板と靭帯の隙間などの部位の経年変化に伴う炎症が、痛みと運動制限を生じさせる。
次のようなことで肩関節部位に変化を起こすと考えられていますが、何が原因なのかはっきりしていません。
- 加齢に伴う組織の変性(老化)
- 肩甲上神経の圧迫
- 自律神経障害
- 血行障害
- ホルモンバランスの変化……など
- 急性期
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炎症が激しい時期で、あらゆる場面で痛みを感じる。
- 少し肩を動かしただけで激しい痛み
- 安静時にも痛みがある
- 就寝時は肩関節が圧迫されるために痛みが強くる
- 眠ることができないほどの痛み
- 慢性期
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長期間、肩を動かすことができなかった急性期から数ヶ月経つと、この時期に入る。さらに数ヶ月経つと、痛みは無くなり、肩も動くようになっていきます。
- 安静時の痛みは緩和
- 肩を動かすと痛みを感じる
- 肩関節に拘縮が起きている
- 運動制限が著しい
筆者の場合は拘縮が酷かったこともあり、日常生活に支障はありませんが運動制限は残ったままです。
- 診断
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X線およびMRI検査により骨および腱の病気が除外された結果として診断されますが、次のような臨床的観察によって、ほぼ診断可能です。
- 明らかな外傷が無い
- 肩関節を動かすと必ず痛む
- 運動制限がある
最近の分子免疫学の進歩により慢性炎症の複雑な病態を細胞レベルで解析できるようになってきて、糖尿病や動脈硬化などの発症機構として慢性炎症が注目されています。
肩関節周囲炎も慢性炎症ですので、肩関節周囲炎が糖尿病に何ら影響を与えていないとは思えません。
糖尿病との関連性
筆者の肩関節の状況とHbA1cは、次のように推移しました。
- HbA1c/検査時点のインスリン量/肩関節の状況 の推移
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2008年8月
- HbA1c(NGSP):6.2[%](JDS値:5.8[%])
- インスリン:5-3-4-0[単位]
- 肩関節:右肩の違和感。
2008年9月
- HbA1c(NGSP):6.3[%](JDS値:5.9[%])
- インスリン:5-3-4-0[単位]
- 肩関節:右肩を動かすと右上腕部に痛みを感じる。上腕部から肩にかけて熱を持ち、湿布。
2008年10月
- HbA1c(NGSP):6.7[%](JDS値:6.3[%])
- インスリン:5-3-4-0[単位]
- 肩関節:肩が動くと激痛。10月20日-整形外科を受診。X線検査異常無し。関節内に抗炎症剤注射。
2008年11月
- HbA1c(NGSP):7.5[%](JDS値:7.1[%])
- インスリン:7-3-4-0[単位]
- 肩関節:11月10日-抗炎症剤注射。11月20日-MRI検査異常無し。肩関節周囲炎と診断。抗炎症剤注射。
2008年12月
- HbA1c(NGSP):7.7[%](JDS値:7.3[%])
- インスリン:7-3-4-4[単位]
- 肩関節:12月4日-痛みは治まったが酷い拘縮が残る。以降週1回のリハビリテーション。
2009年1月
- HbA1c(NGSP):7.5[%](JDS値:7.1[%])
- インスリン:8-4-4-6[単位]
- 肩関節:週1回のリハビリテーション。
2009年2月
- HbA1c(NGSP):6.7[%](JDS値:6.4[%])
- インスリン:8-4-4-6[単位]
- 肩関節:週1回のリハビリテーション。
2009年3月
- HbA1c(NGSP):6.4[%](JDS値:6.0[%])
- インスリン:8-4-4-5[単位]
- 肩関節:週1回のリハビリテーション。2010年02月まで続く。
肩関節周囲炎とHbA1cの悪化が、ほぼシンクロしていることがわかります。
2009年3月にHbA1c(NGSP)が6.4[%]になり、肩関節周囲炎発症以前と同程度に戻りましたけれども、基礎インスリンの補充は現在も継続したままです。
炎症に関与する細胞とサイトカイン
- 炎症とは?
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何らかの刺激を受けて組織や細胞が障害されたとき、
- 障害の原因除去
- 障害の結果できた壊死細胞や不要物質の除去
という免疫応答のプロセスのこと。炎症に関与する細胞と、これらの細胞から産生・放出されたサイトカインによって、次のような変化が炎症局所で見られる。
- 発赤
- 熱感
- 腫脹
- 疼痛
炎症は、刺激を受けた組織内のマクロファージや肥満細胞が反応して、サイトカインを放出することから始まります。
血液がその部分に多く集まってきて、血管壁の透過性が増して血漿タンパク質や白血球が血管外へ滲出し、白血球が障害を受けた組織に集結します。
好中球は、病原細菌や壊死細胞を貪食により排除します。リンパ球は、ウイルスや腫瘍細胞を免疫反応を介して排除する働きをします。
炎症がある程度おさまってくると、マクロファージは残存する不要物質を貪食により排除します。そして、失われた組織は修復され、治癒となります。
急激に発症して早期に終息する非特異的な炎症(=急性炎症)の多くは、治癒で終息します。
しかし、原因がうまく排除されずに、炎症反応が長引く特異的な炎症(=慢性炎症)に移行する場合があります。また、炎症が緩やかに発症して長期間炎症反応が持続する場合も慢性炎症です。
急性炎症局所に浸潤する主な細胞である白血球(好中球)と組織球(マクロファージ)や肥満細胞を「狭義の炎症細胞」と言いますが、好中球やマクロファージの貪食により壊死細胞や不要物質の除去がすすんだ急性炎症後期になってくると、マクロファージはリンパ管を通って消失し、急性炎症は終息=治癒します。
なんらかの原因で慢性炎症に移行すると、リンパ球やマクロファージ、形質細胞といった単核細胞浸潤優位に変化していきます。
マクロファージの抗原提示やそれが産生・放出したサイトカインは、リンパ球の活性化と動員をもたらします。
活性化されたヘルパーT細胞は、サイトカインを産生・放出し、B細胞および細胞傷害性T細胞の活性化とマクロファージの動員をもたらします。
炎症局所にマクロファージが絶えず供給され続け、マクロファージとリンパ球が相互に放出するサイトカインによって活性化し合い、その他の細胞にも影響を与えながら炎症が持続する、という構図になっています。
加えて、線維芽細胞やマクロファージといった損傷した組織の修復と繊維化にかかわる細胞が増殖することも、慢性炎症の特徴のひとつです。
サイトカインとインスリン抵抗性
筆者の糖尿病診断時の尿中C-ペプチド値は、半インスリン依存状態を示しており、食事療法と運動療法プラス内服薬治療で血糖コントロールが可能なレベルでした。
しかし、膵臓のインスリン分泌能を温存するため、毎食事前に追加インスリンを補充する1日3回のインスリン療法が当初から始まりました。
この状態から血糖コントロールが悪化した原因をインスリンに求める場合、
- インスリン分泌の低下
- インスリン感受性の低下
の二つが推測されますが、緩徐進行性1型で比較的短期間にインスリン分泌が低下するとは思えず、インスリン感受性が低下したことによるものと推測するのが妥当ではないかと思います。
さて、肥満化した脂肪細胞の脂肪組織では、下記リストのようなサイトカインを分泌しています。
- サイトカイン
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- TNF-α:腫瘍壊死因子、Tumor Necrosis Factor; TNFのひとつ
- 遊離脂肪酸(Free Fatty Acid; FFA):トリグリセリドやコレステロールといった、エステル結合している脂肪酸以外の脂肪酸。血中ではアルブミンと結合。
- レジスチン
- レプチン:肥満中枢を刺激して食欲を抑制
- アディポネクチン:分泌低下→インスリン感受性低下
- PAI-1(Plasminogen Activator Inhibitor-1):血液凝固促進
- MCP-1(Monocyte Chemoattractant Protein 1):単球走化因子
- アンジオテンシノーゲン
TNF-αや遊離脂肪酸、レジスチンは、インスリン感受性を低下させる物質です。遊離脂肪酸は、インスリン受容体のシグナル伝達を阻害する作用を抑制するアディポネクチンの分泌が低下することによりインスリン感受性が低下します。
これらのサイトカインが過剰(アディポネクチンは分泌低下)になると、インスリン抵抗性を示すようになると思われます。
最近の研究によると、生きている脂肪組織をそのまま観察する手法が開発され、脂肪細胞が(高脂肪食による)肥満の時にはマクロファージの浸潤やマクロファージによる死んだ脂肪細胞の貪食、組織構築の改変など慢性炎症と捉えられる変化が生じている
ことが分かりました。
肥満した脂肪組織の炎症は、CD8+T細胞(細胞傷害性T細胞)により惹起・維持され、CD8+抗体を投与してCD8+T細胞を除去するとマクロファージが消失し、炎症が抑制されることが分かりました。
さらに、炎症が抑制されると、インスリン抵抗性も改善することが分かりました。(脂肪組織の炎症 / 生体分子イメージング:画像や映像を見ることができます。)
筆者の肩関節周囲炎は、局所にリンパ球やマクロファージといった細胞が浸潤していて確かに慢性炎症だったという確証はありませんけれども、長期間の炎症からして慢性炎症の可能性が高いと思います。
また、抗炎症剤注射により肩関節周囲炎が治まると、血糖コントロールが良くなったことも事実です。
以上のことから、肩関節周囲炎の時期に血糖コントロールが悪くなったのは、どうも慢性炎症に関係があるような気がします。
肩関節周囲炎の慢性炎症局所から産生・放出されるサイトカインまたは別の何かが、インスリン感受性低下(インスリン抵抗性)をもたらしたのか。
あるいは、肩関節周囲炎局所からのサイトカインまたは別の何かが、脂肪細胞の炎症を誘引したのか。それとも両方なのかはわかりません。
なお、肥満体型だったり内臓脂肪が蓄積していたとしても脂肪細胞が「肥満」とは限らず、細胞レベルの肥満と個体レベルの肥満は一致しません。