α-グルコシダーゼ阻害薬セイブル®の働き

2009年5月8日:18回目の通院。HbA1c(JDS値)は、4月測定値6.0[%]から今月測定値6.3[%]と少し悪くなりました。

そして、唐突に「朝食直前および夕食直前にセイブル®を服用するように」と言われました。この薬は、糖の吸収を遅らせる作用により食後高血糖を抑える働きをします。

医師の説明によると、「メルビン®と同じく膵臓のインスリン分泌には全く作用しないので、膵臓の負担にはならない」とのこと。また、一口食べる前に服用する必要があり、食べた後では効果がありません。

以前から、食前血糖値は正常なのに食後は200[mg/dl]を超えるのが普通でしたから、セイブル®を服用することに反対する理由はないです。インスリンを増量したくても、低血糖のリスクがあるため増量できません。

2009年4月の血糖自己測定平均値
  • 朝食前:101、後:203 [mg/dl]
  • 昼食前:109、後:171 [mg/dl]
  • 夕食前:102、後:221 [mg/dl]
  • 就寝前:169 [mg/dl]

セイブル®の概要

セイブル®は、糖質の吸収を遅らせる作用により食後高血糖を改善することで、血糖コントロールを良くできることが認められた薬剤です。

セイブル®とは?

α-グルコシダーゼ阻害作用により小腸上部における糖質の消化・吸収を遅延させ、食後の急峻な血糖上昇をなだらかにし、食後の高血糖を抑制する。─「医薬品インタビューフォーム」の治療学的・製剤学的特性より

  • 2005年10月、2型糖尿病の食後高血糖改善剤として製造販売が承認される。
  • 2008年12月、インスリン製剤を使用している1型糖尿病患者においても、十分な血糖コントロールが得られない場合における食後高血糖の改善に効能・効果があるとして、追加承認される。

セイブル(SEIBULE)という名称は、食後高血糖による膵の疲弊や血管障害を防止し、糖尿病患者の生命を救う(セイブする)ことができればという願いを込めて、命名されました。日本において、α-グルコシダーゼ阻害薬として登場した3番目の薬剤です。

  1. グルコバイ(Glucobay)®/一般名:アカルボース(Acarbose)
  2. ベイスン(BASEN)®/一般名:ボグリボース(Voglibose)
  3. セイブル(SEIBULE)®/一般名:ミグリトール(Miglitol)

血糖コントロールの目標はHbA1c値で示されますが、理想的には、空腹時および食後血糖値も是正されるべきです。

食後高血糖を改善することにより心血管疾患発症リスクが抑制されることは明らか(pdf)で、心筋梗塞などは生命に関わりますから、糖尿病患者にとって食後高血糖を改善することはとても重要です。

食後高血糖

血糖値とは、血液循環へのグルコース流入速度と血液循環からのグルコース除去速度で決まる動的な値で、血液中に含まれるグルコースの量=血漿グルコース濃度のことです。

図1.「糖の流れ」と血漿グルコース濃度:血糖値は、血液循環への「グルコース出現」と血液循環からの「グルコース消失」の関数で表される。

血糖値

血糖値は、a.とb.の関数で表される。

  1. 血液循環へのグルコース流入速度(グルコース出現)
  2. 血液循環からのグルコース除去速度(グルコース消失)

「グルコース出現」のソースは、次の3つです。

  1. 腸管吸収(小腸から門脈へ)
  2. グリコーゲン分解(肝臓から血液循環へ)
  3. 糖新生(肝臓から血液循環へ)

「グルコース消失」を担うのは、グルコースを利用するすべての細胞です。

  • インスリン依存性のグルコース取り込み(骨格筋や脂肪組織など)
  • インスリン非依存性のグルコース取り込み(脳や赤血球など)

摂食時は、腸管吸収からの食事由来のグルコースが「グルコース出現」の最大の供給源です。どのくらい速く「グルコース出現」するかは、主に摂取物の胃内容排出速度で決まります。もちろんそれは、食事の質や食べる量に影響されます。

食事をゆっくり摂れば血糖値の上昇はなだらかになり、食後高血糖は抑制されると想像できると思います。

肝臓のグルコース放出と取り込み
  • 空腹時:グリコーゲン分解および糖新生によりグルコースを血液循環へ放出
  • 摂食時:腸管吸収からのグルコースがインスリン分泌を刺激して、グリコーゲン分解および糖新生の抑制と平行してグルコース取り込み

食後血糖値の上昇度合いは、

  • 肝臓が腸管吸収から肝門脈に流入したグルコースをどのくらい取り込むことができたか

別の言い方をすれば、

  • 肝臓から先にグルコースがどのくらい通り抜けたか、あるいは出て行ったか

に左右されます。

このグルコース放出と取り込みを切り替える「鍵」は、肝臓に作用するインスリンの分泌パターンおよび分泌量です。

2型糖尿病患者の中には、腸管吸収から肝門脈に流入したグルコースに対してインスリンの分泌が遅れ、かつ分泌量も十分でない群が存在することが知られています。

インスリンの分泌が遅れれば、急激に流入したグルコースは肝臓に素早く取り込まれず、また肝臓のグルコース放出を素早く抑制することもできず、もたもたしている間にどんどん血糖値は上昇することになります。

α-グルコシダーゼ阻害薬は、グルコースの肝門脈への流入速度を緩くして、インスリンの分泌が遅れるというパターンに合わせることにより、食後血糖値の上昇を抑えようとするものです。

時間あたりの仕事量(グルコース流入量)が増えたら人員(インスリン作用)を増やすのではなく、少し処理する時間がかかっても時間あたりの仕事量を減らしましょう、というのがこの薬の働きです。


α-グルコシダーゼ阻害薬の作用機序を理解するためには、炭水化物(糖質)の消化において、どの消化器官で何という酵素が働らいているのかを知ることが役に立ちます。

炭水化物の消化および吸収

生化学でいうところの炭水化物(=糖質)は、単糖を最小構成単位とする有機化合物の総称です。これを栄養学あるいはエネルギー代謝的に分類すれば、次のようになります。

炭水化物
  • 糖質:食物繊維以外の炭水化物
    • 糖類
      • 単糖:これ以上加水分解されない最も単純な糖質
      • 二糖:単糖1分子と単糖1分子が結合した糖質
    • そのほか
      • 多糖:単糖分子が長鎖状に多数重合した糖質
  • 食物繊維:消化酵素で消化できない難消化性成分のこと
糖質の構成
  • 単糖
    • グルコース(ブドウ糖)
    • フルクトース(果糖)
    • ガラクトース
  • 二糖
    • スクロース(ショ糖):グルコース+フルクトース
    • マルトース(麦芽糖):グルコース+グルコース
    • ラクトース(乳糖):グルコース+ガラクトース
  • 多糖
    • デンプン
    • グリコーゲン

デンプンは、多数のグルコース分子がグリコシド結合してできたもので、その結合の仕方によって構造・性質が異なり、アミロースと呼ばれる直鎖状の分子部分とアミロペクチンと呼ばれる枝分かれが多い分子部分に分類することができます。

通常のデンプンは、アミロースの割合が20~25[%]、アミロペクチンの割合が75~80[%]含まれています。

アミロースの構造は、グルコース分子がα-1,4-グリコシド結合によって直鎖状に連結したもので、直鎖状の部分は、水素結合によりグルコース分子6個で約1巻きの螺旋構造をとります。

アミロペクチンの構造は、グルコース分子がα-1,4-グリコシド結合している他に直鎖の途中でα-1,6-グリコシド結合による分岐を持ち、枝分かれした網目状構造をとります。

たとえば、粳米(うるちまい)はデンプン分子の約20[%]がアミロース、約80[%]がアミロペクチンから成る米で、もち米(糯米)は100[%]アミロペクチンから成っています。

高分子多糖類のデンプンを栄養素として吸収するためには、酵素によって低分子の単糖(グルコース)にまで分解することが必要で、この過程がデンプンの消化です。

アミラーゼによる分解

摂取された食物中のデンプンは、口腔で咀嚼されて唾液と混合され、唾液に含まれる消化酵素の唾液アミラーゼによって、α-1,4-グリコシド結合が不規則に切断されます。

しかし、短時間で胃に運ばれて、胃酸により唾液アミラーゼの活性が失われるので、さほど分解は進みません。

さらに十二指腸(小腸の胃に近い部分)に達すると、膵液に含まれる消化酵素の膵アミラーゼによって、α-1,4-グリコシド結合が不規則に切断されます。

ただし、アミラーゼは末端のグルコースを遊離できないので、切断後に残る最も低分子のものは、二糖類のマルトースです。

アミラーゼによるデンプンの分解産物
  • 二糖
    • マルトース:グルコース2分子がα-1,4-グリコシド結合
    • イソマルトース:グルコース2分子がα-1,6-グリコシド結合
  • 三糖
    • マルトトリオース:グルコース3分子がα-1,4-グリコシド結合
  • 多糖
    • デキストリン:数個のグルコース分子がα-1,4-グリコシド結合およびα-1,6-グリコシド結合(食物繊維)

膜消化

アミラーゼによるデンプンの分解産物を単糖のグルコースにまで分解する酵素は、小腸粘膜上皮細胞の刷子縁(微絨毛)という膜組織に存在します。

分解産物がこの酵素によって加水分解されてグルコースになると同時に、刷子縁膜にある糖輸送担体によって上皮細胞内へ吸収されていきます。

吸収されたグルコースは、小腸上皮細胞内で毛細血管に入り、肝門脈を通じて肝臓に送られます。

α-グルコシダーゼによる分解

α-1,4-グリコシド結合を加水分解。別名マルターゼ。

  • マルトース ⇒ グルコース1分子+グルコース1分子
  • マルトトリオース ⇒ グルコース1分子+マルトース ⇒ グルコース1分子+グルコース1分子+グルコース1分子
オリゴ-1,6-グルコシダーゼによる分解

α-1,6-グリコシド結合を加水分解。別名イソマルターゼ。

  • イソマルトース ⇒ グルコース1分子+グルコース1分子

デンプン由来のマルトースやイソマルトース以外の食物中の二糖、スクロースやラクトース、トレハロースも小腸粘膜上皮細胞の刷子縁(微絨毛)という膜組織に存在する酵素によって加水分解されて、グルコースやフルクトース、ガラクトースといった単糖になると同時に、刷子縁膜にある糖輸送担体によって上皮細胞内へ吸収されていきます。

β-フルクトフラノシダーゼによる分解
  • スクロース ⇒ グルコース1分子+フルクトース1分子
  • α-1,2-グリコシド結合を加水分解。別名サッカラーゼ。
β-ガラクトシダーゼによる分解
  • ラクトース ⇒ グルコース1分子+ガラクトース1分子
  • α-1,4-グリコシド結合を加水分解。別名ラクターゼ。
α,α-トレハラーゼによる分解
  • トレハロース ⇒ グルコース1分子+グルコース1分子
  • α-1,1-グリコシド結合を加水分解。別名トレハラーゼ。

α-グルコシダーゼ阻害薬の作用機序

α-グルコシダーゼは、マルトース(グルコース2分子がα-1,4-グリコシド結合している二糖)などのα-1,4-グリコシド結合を切断する酵素で、小腸粘膜上皮細胞の刷子縁(微絨毛)という膜組織に存在します。

たとえば、α-グルコシダーゼによるマルトースの化学変化を分子式で表わすと、下記のようになります。

  • マルトース(C12H22O11)+H2O ⇒ グルコース(C6H12O6)+グルコース(C6H12O6

酵素α-グルコシダーゼは反応の前後で変化せず、反応速度を速める触媒として働きます。酵素の働きによって変化を受ける物質を基質といい、ここではマルトースのことです。

マルトースは、α-グルコシダーゼの活性部位に結合して酵素-基質複合体を形成し、生成物(ここではグルコース)へと化学形を変え、酵素から離れます。

一般に、酵素は特定の反応だけを触媒し、特定の化合物または化合物群にしか作用しないという基質特異性を持っています。

したがって、α-グルコシダーゼは、その基質特異性によりマルトースには作用しますが、トレハロースには作用しません。

以上のことを踏まえると、次のように理解できると思います。

  • α-グルコシダーゼ阻害薬が酵素α-グルコシダーゼとマルトース競合的に結びつくことにより、マルトースの消化・吸収を遅らせることが可能である。

セイブル®(一般名ミグリトール)が結合可能な酵素は次のとおりで、二糖を分解する酵素と親和性の高い(=酵素と結びつきやすい)糖質類似物質であると思われます。

  • α-グルコシダーゼ (別名マルターゼ)
  • イソマルターゼ
  • サッカラーゼ
  • ラクターゼ
  • トレハラーゼ

ミグリトールは、小腸上部(十二指腸)においてα-グルコシダーゼ阻害作用が強く、これはミグリトール自体が吸収されるために小腸中間部(空腸)から小腸下部(回腸)へと移動するにしたがってミグリトール量が減っていき、α-グルコシダーゼ阻害作用が弱まるためです。

したがって、糖質は小腸上部において急激に消化・吸収されるのではなく、空腸から回腸へと移動する過程で緩やかに消化・吸収されていくことになり、結果的に血糖値のピークが時間的に後ろにずれ、かつピークの値も下がります。

α-グルコシダーゼ阻害作用を十分なものにするためには、食事を食べ始める前にミグリトールを服用しておく必要があります。

腹が張るとかおならが出るといったことを感じるならば、未消化の糖質が大腸にまで到達していると考えられますので、α-グルコシダーゼ阻害作用が働いていると判断してよいと思います。