「メタボリックシンドロームの診断基準」の疑問

メタボリックという言葉は、メディアで取り上げられたり2006年の新語・流行語大賞に選ばれたことから、以降多くの人が「メタボ」と口にするようになりました。

2008年4月からは、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)に着目した「特定健康診査・特定保健指導」、一般に言うところのメタボ検診が始まりました。

今では、メタボ=肥満=腹囲85cm以上、という認識が広まっているようです。それに伴い、メタボリックシンドローム診断基準の第一診断項目である腹囲基準値に疑問がある等をはじめ、 多くの問題点が挙げられています。

心血管疾患のリスク病態

まず、日本内科学会雑誌(第94巻 第4号 2005年)に記載されているメタボリックシンドロームの定義と診断基準(pdf)- メタボリックシンドローム診基準検討委員会 から引用します。

メタボリックシンドロームは、インスリン抵抗性、動脈硬化惹起性リポ蛋白異常、血圧高値を個人に合供する心血管病易発症状態である。

(略)

グローバルな見解を視野に入れながら、病態を正しく認識し、日本人に即した診断基準を作成することが日本人の心血管病の予防医学上重要である。

(略)

メタボリック症候群や代謝異常症候群、代謝症候群という表記は、本診断基準では用いない。上流に共通の発症基盤をもつ一つの疾病単位として捉えている。…

次の状態が一個人に集積していることがメタボリックシンドロームである、と明確に言っています。

  • インスリン抵抗性
  • 動脈硬化惹起性リポ蛋白異常
  • 血圧高値

メタボリック(metabolic)は「代謝の」という形容詞、シンドローム(syndrome)は「症候群」という名詞ですが、メタボリック症候群や代謝異常症候群、代謝症候群という表記は、本診断基準では用いない、とわざわざ宣言しています。

その意図は、「診断基準」の章を読むとわかりますが、メタボリックシンドローム=内臓脂肪過剰蓄積と考えたいから、と思われます。

インスリン抵抗性症候群と内臓脂肪症候群

メタボリックシンドロームの診断基準設定の背景は、次のとおりです。

動脈硬化性心血管病の予防対策を強化するために、従来最も大きなリスクファクターとして取り上げられてきたのは、高コレステロール血症である。 しかし、動脈硬化性疾患の発症は必ずしも高コレステロール血症で全てが決められているのではない。

一個人に複数のリスクが集積した状態、つまりマルチプルリスクファクター症候群の重要性が急速に世界の関心が拡大したのは、WHO、National Cholesterol Education Program(NCEP)などが メタボリックシンドローム という疾患名で診断基準を発表してからである。

1980年代の後半、beyond cholesterol の概念でスタンフォード大学の Reaven によって、シンドローム Xという耐糖能異常、高トリグリセリド血症、高血圧が一個人に集積する心血管疾患に対するハイリスクな病態が、さらにテキサス大学の Kaplan によって上半身肥満を加えた 死の四重奏 という病態が症候群として提唱された。その後、テキサス大学の DeFronzo が同様の病態を インスリン抵抗性症候群 と名付けた。

一方、肥満における病態の研究から、腹腔内内臓脂肪の蓄積が糖尿病、高脂血症、高血圧さらには動脈硬化性疾患の発症基盤として重要な意味を持つことが明らかにされてきた。

1980年代には、ウエスト/ヒップ比を指標に上半身肥満を提唱した Kissebah や中心性肥満という概念を示した Bjöntorp らが、内臓脂肪を想定したハイリスク肥満の重要性を示した。

大阪大学の松澤らが提唱した内臓脂肪症候群は、内臓脂肪過剰蓄積をキーファクターとして、その下流に糖尿病、高脂血症、高血圧を引き起こし、最終的に動脈硬化を発症しやすい病態を指し、内臓脂肪の蓄積がインスリン抵抗性より上流に存在することを強調した。

内臓脂肪蓄積を上流因子とするマルチプルリスクファクター症候群の概念は、NCEPのメタボリックシンドロームの考え方に取り入れられた。

インスリン抵抗性を上流因子とするインスリン抵抗性症候群の概念は、WHOのメタボリックシンドロームの考え方の基盤となっている。

2004年より、日本動脈硬化学会、日本糖尿病学会、日本高血圧学会、日本肥満学会、日本循環器学会、日本腎臓病学会、日本血栓止血学会そして日本内科学会が合同でメタボリックシンドローム診断基準検討委員会を構成し、委員会を重ねて今回(2005年)の診断基準の設定に至った。

メタボリックシンドローム診断基準検討委員会は、このような世界の流れを意識しつつ、診断基準に内臓脂肪蓄積を上流因子とするマルチプルリスクファクター症候群の概念をもとに設定した、ということのようです。

しかし、「診断基準」の章を読むと、初めに結果ありき、のような感じも受けます。

内臓脂肪蓄積が上流因子というゴリ押し感

診断基準検討委員会による「メタボリックシンドロームの診断基準」は、次のとおりです。

メタボリックシンドロームの診断は、心血管病予防のためにおこなうことはNCEP基準、WHO基準にも述べられているが、メタボリックシンドロームを呈する多くの人々はインスリン抵抗性をもち、2型糖尿病の発症リスクも高く、このようにして発症した糖尿病は特に心血管疾患の基盤となるという認識が必要である。

NCEPの診断基準では腹部脂肪蓄積(ウエスト径であらわされる)が第1の診断項目としてあげられ、基準をみたす人々の多くはインスリン抵抗性を有していると考えられる。[注] 改訂NCEP-ATPIII基準(2005年)では、腹部脂肪蓄積(ウエスト径)は5診断項目のうちの1つ。

WHO基準はインスリン抵抗性を必須項目とし、2型糖尿病、空腹時血糖異常、耐糖能異常または高インスリン正常血糖クランプで対象の4分の1未満の糖取り込みを示すもののいずれかを有する、としている。

内臓脂肪蓄積はしばしばインスリン抵抗性を伴い、両者は併存する場合が多い。いずれが上流に存在するかについては検討がなされ、本シンドロームで見られるのは内臓脂肪蓄積によって生じるインスリン抵抗性状態である、と考えることで意見の一致を見ている。

メタボリックシンドローム診断基準検討委員会は、メタボリックシンドロームを内臓脂肪蓄積(ウエスト周囲径)+2つ以上のcomorbidity(共存症、併存疾患)と定義することで合意が得られた。

NCEPの診断基準もWHO基準も診断基準検討委員会も「インスリン抵抗性」に着目しているにもかかわらず、

  • インスリン抵抗性の検査は、日常臨床検査のレベルを超えている。→ 困難
  • 過栄養と運動不足が背景にある。→ 肥満は関心度が高い
  • 多くの人が用いることができる基準。→ 簡単

という理由から唐突に、内臓脂肪蓄積とウエスト周囲径を等価とみなし、診断基準の必須項目に据えた感があります。

内臓脂肪蓄積が必須という矛盾

「序」章において、メタボリックシンドロームは、インスリン抵抗性、動脈硬化惹起性リポ蛋白異常、血圧高値を個人に合供する心血管病易発症状態である。と明確に宣言しています。

「診断基準」の章においては、これら3つの症状の上流には内臓脂肪蓄積があると検討がなされ、内臓脂肪蓄積によってインスリン抵抗性状態が生じると考えることで意見の一致を見た、とされています。

素直に読み進めれば、各学会の代表で構成される診断基準検討委員会の中で、多数決によって内臓脂肪蓄積が最上流に存在すると決めた、と理解されても仕方がないように思います。科学的根拠が薄いように感じるところです。

診断基準検討委員会構成委員の学会内訳と心血管病に関係する病態を併記すると、次のようになります。(順序は掲載順)

  • 日本動脈硬化学会 3名 - 動脈硬化惹起性リポ蛋白異常、高トリグリセリド血症
  • 日本糖尿病学会 2名 - インスリン抵抗性、耐糖能異常
  • 日本高血圧学会 2名 - 血圧高値
  • 日本肥満学会 2名、委員長1名 - 内臓脂肪蓄積
  • 日本循環器学会 2名 - 心血管疾患
  • 日本腎臓病学会 1名
  • 日本血栓止血学会 1名
  • 日本内科学会 1名(オブザーバー)

上位3学会に関係する病態が、心血管疾患の危険因子になっていることは理解できます。

マルチプルリスクファクター症候群の概念を採用したにもかかわらず、内臓脂肪蓄積がそれらの上流に位置するとして診断基準の必須とされたことは、理解できません。

動脈硬化惹起性リポ蛋白異常やインスリン抵抗性や血圧高値と同位置に扱うべきだと思います。

ちなみに、診断基準検討委員会の委員長は、内臓脂肪の蓄積がインスリン抵抗性より上流に存在するという内臓脂肪症候群の概念を提唱した方で、日本肥満学会の理事長です。

メタボリックシンドロームの診断基準

診断基準
  • 内蔵脂肪(腹腔内脂肪)蓄積
    • ウエスト周囲径:男性 ≧85cm、女性 ≧90cm
    • 内蔵脂肪面積:男女とも ≧100cm2に相当
  • 内蔵脂肪蓄積に加え以下のうち2項目以上
    • 高トリグリセライド血症:≧150[mg/dl]かつ/または低HDLコレステロール血症:≧40[mg/dl]
    • 収縮期血圧:≧130[mmHg]かつ/または拡張期血圧:≧85[mmHg]
    • 空腹時高血糖:≧110[mg/dl]

CTスキャンなどで内臓脂肪量測定を行うことが望ましい。

ウエスト径は立位、軽呼気時、臍レベルで測定する。脂肪蓄積が著明で臍が下方に偏位している場合は、肋骨下縁と前上腸骨棘の中点の高さで測定する。

メタボリックシンドロームと診断された場合、糖負荷試験が薦められるが診断には必須ではない。

高TG血症、低HDL-C血症、高血圧、糖尿病に対する薬剤治療をうけている場合は、それぞれの項目に含める。

糖尿病、高コレステロール血症の存在は、メタボリックシンドロームの診断から除外されない。

診断基準値がどのように決まったかについては「病態と基準値」の章を読んでもらうとして、内蔵脂肪蓄積がメタボリックシンドローム診断の必須になっていることに対して矛盾を感じる者としては、ウエスト周囲径の値がどのような値であれ疑問を感じることでしょう。

内臓脂肪蓄積必須点を疑いの目で見る

「治療介入」の章に次のようなおもしろいことが書かれています。

本診断基準では、内臓脂肪蓄積を必須項目とし、過剰栄養摂取の制限や身体活動度の増加などのライフスタイル改善をメタボリックシンドローム介入、心血管疾患予防の第一の目標とした。

「マルチプルリスクファクター症候群という複数の危険因子の一個人への集積は、心血管疾患を容易に発症する状態である」ことをメタボリックシンドロームという疾患名を使って、心血管疾患の予防を目的としたことは、世界共通の認識です。

食べ過ぎや運動不足の解消といったライフスタイル改善は、危険因子を減らすための対策ステージに組み込まれるべきです。

メタボリックシンドロームというタグを付け、ライフスタイル改善を脅迫的に促すことを目標にするために内臓脂肪蓄積を必須項目としたのであれば、強引過ぎる感じがします。

内臓脂肪蓄積の指標としてウエスト周囲径を測定することは、日本肥満学会の新しい肥満症診断基準の発表にもかかわらず未だ一般的とはなっていないが、本診断基準の設定により、より一般に普及することが望まれる。

日本肥満学会が新しい肥満症診断基準を発表したのだけれども注目されない、それならメタボリックシンドロームと名前を変えてぶち上げようじゃないか、という匂いがする文章です。

診断基準検討委員会の委員長は、内臓脂肪の蓄積がインスリン抵抗性より上流に存在するという内臓脂肪症候群の概念を提唱した方で、日本肥満学会の理事長であることを思い出してください。このような少し意地悪な見方もできてしまうのです。

メタボリックシンドロームの正しい認識が必要

肥満度が欧米のように著しくなくとも軽度の過栄養状態で多くの健康障害をともないやすい日本人において、ウエスト径の測定とこれを指標にした保健指導は、重要と考えられる。

実地診療において臨床効果のあるライフスタイル改善をもたらすことは容易ではないが、体重を理想体重にまで減少させることは困難でも、ウエスト周囲径をわずかでも減少させることにより、リスクが一つでも減少するということを数値によって実感し、医療を行う側と受ける側がともに認識することが望まれる。

過食や運動不足を解消した結果、適正体重に近づくと、血圧や中性脂肪、コレステロールといった値が正常値に改善することは、多くの人が体験していると思います。

ただ、多くの人は、わかっているけれどもなかなかライフスタイルの改善ができないのです。

食べ過ぎないようにしたい、運動をしたい、体重を減らしたい、多くの人の願望は上記引用と一致するのですが、なぜ願望は実現しないのでしょうかね。

体重を目標にするのか、ウエスト周囲径を目標にするのかは別にして、メタボリックシンドロームによってライフスタイルの改善を促したいのだな、ということは理解できると思います。