患者は血糖コントロールの自己管理、臨床医は血糖管理

2012年、米国糖尿病学会(ADA; American Diabetes Association)および欧州糖尿病学会(EASD; European Association for the Study of Diabetes)から「2型糖尿病における血糖マネジメント(英語)」の共同声明が発表されました。

声明では、「Patient-Centered Approach」を提唱し、個々の患者の嗜好や価値観を尊重し、これらを汲み取って患者中心の医療を行なうべき、と言っています。

「Patient-Centered Approach」から導かれる血糖コントロールの目標は、個々の患者に合わせて設定されます。

  • 患者の治療に対する意識が高いか、低いか
  • 低血糖や治療薬の副作用に関連する潜在的リスクに対処できるか、できないか
  • 罹病期間が短いか、長いか
  • 平均余命が長いか、短いか
  • 重要な併存症が無いか、有るか、有るなら軽度か重症か
  • 血管性合併症の進展が無いか、有るか、有るなら軽度か重症か

前者に近いほどより厳格な目標設定が可能で、後者に近いほどより寛容な目標設定が望まれます。

科学的根拠に基づいた糖尿病治療のエビデンスは、病態が均一な患者と限定的な治療内容を選択して行なった臨床研究から得られた結果です。

ということは、エビデンスに基づいて「粛々と」治療を行なえば良いと思いますが、2型糖尿病の不均一な病態のせいでエビデンスの患者像となかなか一致しないし、その治療内容を選択できなかった場合のために治療アルゴリズムが明示されているわけでもない。

結局、血糖コントロールの目標とその治療戦略は一律ではない、ということがわかってきました。

血糖コントロールの目標

細小血管障害による合併症の発症率減少を目的として、ほとんどの患者に推奨される血糖コントロールの目標は、次のとおりです。

合併症予防のための目標
  • HbA1c(NGSP)< 7.0[%]

これに対応する平均血糖値は、おおよそ~150-160[mg/dl]です。理想的には、空腹時および食後血糖値も是正されるべきです。

  • 空腹時血糖値<130[mg/dl]
  • 食後血糖値<180[mg/dl]

1983年から1993年にかけて1型糖尿病患者を対象にした「DCCT(Diabetes Control and Complications Trial), 糖尿病の大規模臨床研究(英語)」(日本語解説)やその他の多くの疫学的解析から、HbA1cとして測定される血糖コントロール指標と細小血管あるいは大血管障害性合併症のリスクとの関係は、確立されています。

  • 血糖コントロールが良好なほど合併症の発症・進展リスクは減少する

日本の2型糖尿病患者を対象にした臨床研究「Kumamoto study(英語)」(日本語解説)からは、HbA1c(NGSP)<6.9[%]の閾値が得られています。

目標の揺らぎ

健常人のHbA1c(NGSP)は、おおよそ4.6[%]から6.2[%]です。できるだけこれに近づけるべく厳格な血糖管理をした場合、その効果はどうなのか。

2型糖尿病患者を対象にした臨床研究 UKPDSACCORD は、細小血管障害性合併症の発症・進展リスクが減少することを示しましたが、大血管障害性合併症を減らすことはできませんでした。特に ACCORD では、強化治療群で「全死亡」の増加が観察されました。

メタ解析からは、「細小血管障害性合併症のリスクに対しては有効だが、大血管障害性合併症のリスクにはほとんど影響を与えない。ただし、重症低血糖のリスクは増加する」という見方ができます。

心血管疾患による死亡はあるものの有意差は無く、死亡を増加させたり減少させることもなかった、ということです。

大血管障害性合併症(動脈硬化)の危険因子は、糖尿病の他に高血圧症、脂質異常症、肥満、喫煙などがあり、HbA1cのみを指標とした血糖管理の限界を示しているのかもしれないです。

包括的なリスク管理のエビデンスがない現状においては、個々の患者に合わせて血糖コントロールの目標を設定・管理していくしかなく、これが「Patient-Centered Approach」を提唱するに至った理由のひとつのようです。

血糖コントロール目標の例

より厳格なHbA1c:6.0[%]~6.5[%]

  • 罹病期間が短い
  • 平均余命が長い
  • 心血管疾患が無い
  • 低血糖や他の治療上の副作用が無い……場合

より寛容なHbA1c:7.5[%]~8.0[%]

  • 重篤な低血糖の病歴が有る
  • 平均余命に限りが有る
  • 合併症が有る
  • 高血圧症や脂質異常症、肥満などが有る
  • インスリンを含む複数の薬剤による治療強化が困難……な場合

血糖コントロールの自己管理

目標が患者個別に設定されることになっても、あらゆる2型糖尿病の治療プログラムの基本は、

  • 食事療法
  • 運動療法

であることに変わりありませんし、糖尿病全般について、食事指導や身体活動を高めることの重要性などについての教育が必須です。

自己管理の内容は患者自身が個別に決めることですが、目標が血糖正常化HbA1c(NGSP)6.2[%]未満を目指す際の自己管理は、次のことを行なう必要があると思われます。(J-DOIT3を参考)

より厳格な自己管理
  1. 食事療法:1日3食、栄養とエネルギーをバランス良く過不足無く摂取。間食や夜食は禁止。飲酒を控える(日本酒換算で1日1合程度)。
  2. 運動療法:中程度の強度の運動(散歩やジョギング、水泳など)を1回15分から30分、1日2回を毎日。
  3. 体重:毎日同じ時間に測定し、食事療法と運動療法にフィードバック。
  4. 血圧:毎日同じ時間に測定。
  5. 禁煙
  6. 血糖値:可能であれば自己測定してみる。

多くの人は、長期間継続することが困難だと思います。ですから、目標を達成できたりできなかったり、HbA1cは当たり前のように変動するはずです。

血糖管理

HbA1cが大きく悪化する時は、必ず訪れるものです。

運動が減った、食事が不規則になったなど、自己管理が緩くなったことに原因を求めてしまうかもしれませんが、それらの多くは証明ができない推測に過ぎず、あまり悩まないことです。

薬剤の用量増や薬剤の種類追加、あるいはインスリン治療によって、既にインスリン作用不足に陥っている状態の「体」を是正してもらうしかないです。

もちろん、緩くなった自己管理を元に戻すことは必要です。

筆者の血糖コントロールの経過

筆者は、糖尿病と診断後、即入院でしたので、糖尿病全般の「教育」は受けました。食事療法と運動療法は、自分でPDCAサイクルを回して管理しているつもりですが、うまくいかない期間もありました。

筆者の血糖コントロールの目標はHbA1c(NGSP)7.0[%]未満で、糖尿病と診断されてから2014年までのHbA1cの推移は、リンク先(血糖コントロールの推移を振り返る)を見てください。

2013年の血糖コントロール
  • 1月:6.6[%], 2月:6.6[%], 3月:6.8[%], 4月:7.0[%], 5月:7.0[%], 6月:7.0[%], 7月:7.1[%], 8月:6.8[%], 9月:6.5[%], 10月:6.7[%], 11月:6.6[%], 12月:6.4[%]
  • 平均HbA1c(NGSP):6.8[%]
  • インスリン:1年を通して5-5-5-4[単位]
  • 平均自己測定血糖値:126/191-150/130-146/121-208[mg/dl]
  • 平均体重:61.8[kg]
  • 10月まで朝と夜に散歩、11月から散歩中断

月初めに通院してHbA1cと随時血糖値を測定し、インスリン用量の変更があれば1ヶ月間その用量を維持します。

2014年の血糖コントロール

2014年1月

  • HbA1c(NGSP):6.8[%]
  • インスリン:5-5-5-4[単位]
  • 平均自己測定血糖値:136/221-198/222-172/187-233[mg/dl]
  • 平均体重:61.3[kg]

2014年2月

  • HbA1c(NGSP):7.4[%]
  • 随時血糖値:259[mg/dl]
  • インスリン:6-6-6-4[単位]
  • 平均自己測定血糖値:193/308-287/295-278/300-317[mg/dl]
  • 平均体重:61.1[kg]

HbA1cが先月から0.6[%]悪化し血糖コントロールの目標も超えて、毎食前インスリン1[単位]が追加されました。インスリン増量にもかかわらず、空腹時の自己測定血糖値は急激に上昇しました。

2014年3月

  • HbA1c(NGSP):8.9[%]
  • 随時血糖値:171[mg/dl]
  • インスリン:8-6-6-8[単位]
  • 平均自己測定血糖値:157/201-240/282-252/293-303[mg/dl]
  • 平均体重:61.6[kg]

HbA1cが一気に1.5[%]も悪化し、治療の変更を考慮することが必要な8[%]を越えたため、基礎インスリンの増量と朝食前追加インスリンの増量がありました。

2014年4月

  • HbA1c(NGSP):9.0[%]
  • 随時血糖値:289[mg/dl]
  • インスリン:10-8-6-10[単位]
  • 平均自己測定血糖値:141/123-191/203-201/227-297[mg/dl]
  • 平均体重:63.4[kg]

さらにインスリンの増量がありました。

2014年5月

  • HbA1c(NGSP):8.7[%]
  • 随時血糖値:221[mg/dl]
  • インスリン:10-8-6-10[単位]
  • 平均自己測定血糖値:111/114-107/84-165/194-223[mg/dl]
  • 平均体重:64.7[kg]
  • 低血糖頻出

2014年6月

  • HbA1c(NGSP):7.8[%]
  • 随時血糖値:143[mg/dl]
  • インスリン:10-8-6-10[単位]
  • 平均自己測定血糖値:92/79-129/109-133/212-244[mg/dl]
  • 平均体重:65.3[kg]
  • 低血糖頻出

2014年7月

  • HbA1c(NGSP):7.2[%]
  • 随時血糖値:62[mg/dl]
  • インスリン:10-8-6-8[単位]
  • 平均自己測定血糖値:132/102-125/84-145/112-232[mg/dl]
  • 平均体重:65.6[kg]
  • 低血糖頻出

低血糖が複数回あったこととHbA1cが下がってきているので、インスリンの減量が行なわれました。

2014年8月

  • HbA1c(NGSP):7.0[%]
  • インスリン:10-8-6-8[単位]
  • 平均自己測定血糖値:126/155-172/159-167/214-265[mg/dl]
  • 平均体重:64.8[kg]

2014年9月

  • HbA1c(NGSP):7.4[%]
  • インスリン:10-8-6-8[単位]
  • 平均自己測定血糖値:141/183-156/228-183/222-266[mg/dl]
  • 平均体重:64.7[kg]

2014年10月

  • HbA1c(NGSP):7.8[%]
  • インスリン:10-8-6-8[単位]
  • 平均自己測定血糖値:122/83-110/104-149/145-210[mg/dl]
  • 平均体重:65.3[kg]
  • 散歩再開(朝と夜)

2014年11月

  • HbA1c(NGSP):7.1[%]
  • インスリン:10-8-6-8[単位]
  • 平均自己測定血糖値:158/83-106/159-138/174-242[mg/dl]
  • 平均体重:65.5[kg]

2014年12月

  • HbA1c(NGSP):7.0[%]
  • インスリン:10-8-6-8[単位]
  • 平均自己測定血糖値:117/80-75/107-152/202-250[mg/dl]
  • 平均体重:65.8[kg]
2015年の血糖コントロール

2015年1月

  • HbA1c(NGSP):6.9[%]
  • インスリン:9-8-6-8[単位]
  • 平均自己測定血糖値:127/77-75/133-109/185-237[mg/dl]
  • 平均体重:66.5[kg]

2015年2月

  • HbA1c(NGSP):6.6[%]
  • インスリン:8-8-6-8[単位]
  • 平均自己測定血糖値:114/103-103/107-111/170-250[mg/dl]
  • 平均体重:66.5[kg]

2015年3月

  • HbA1c(NGSP):6.6[%]
  • インスリン:8-8-6-8[単位]
  • 平均自己測定血糖値:124/125-118/108-120/216-234[mg/dl]
  • 平均体重:65.5[kg]

2015年4月

  • HbA1c(NGSP):6.9[%]
  • インスリン:8-8-6-8[単位]
  • 平均自己測定血糖値:-[mg/dl]
  • 平均体重:-[kg]

結局、HbA1c悪化前のインスリン量5-5-5-4[単位]には戻らず、病態は悪化の方向に少し進んでしまったようです。