糖尿病の代謝異常は高血糖と脂質異常とケトーシス

1921年のインスリン発見より前、若くして発症した痩せた(現在の1型)糖尿病患者の将来は、死が待っていました。

数年以内にケトアシドーシスの昏睡で死ぬか、あるいは飢餓療法で数年延命した果てに餓死するか、のどちらかでした。

糖尿病の代謝は、栄養失調時や絶食時のそれと方向性は同じで似てはいるのですが、インスリン作用の不足に起因する代謝異常の結果、代謝プロセスが一方向に過度に傾き、血中に代謝産物が過剰に蓄積します。

糖尿病の代謝異常の結果

血中に次の代謝産物が過剰に蓄積する。

  1. グルコース(高血糖)
  2. リポタンパク(高トリグリセリド血症)
  3. ケトン体(ケトーシス)

栄養失調時や絶食時は、外部からの栄養素の補充が不十分ではあるものの代謝は正常で、アシドーシスの原因物質となるケトン体をもうまく利用します。

糖尿病と栄養失調

糖尿病の病態は、基本的にインスリン抵抗性です。

  • インスリンの効きが良くない状態
  • インスリンの分泌が不足している状態

このような状態は、次の理由で血糖レベルが上昇します。

  • 無駄にグルコースを合成して肝臓から血中へ放出
  • 主に骨格筋でインスリン依存性のグルコース取り込みが低下

健康的な食事を摂っていても、三大栄養素のひとつである炭水化物は、消化・吸収形のグルコースとなって血液中を循環するばかりで栄養にならず、「飽食の栄養失調」です。

栄養失調の究極は、栄養素が全く体内に入ってこない絶食です。絶食時は、体内に有るものを利用して栄養(エネルギー)を賄いつつ、生体維持のためタンパク質の利用を抑え、脂肪をエネルギー源として利用する体に適応させます。

絶食時の代謝

絶食初期の代謝は、通常と変わりません。

  • 1. 肝:[グリコーゲン分解] → グルコース → 血中を流れて各組織へ供給
  • 2. 筋:[グリコーゲン分解] → グルコース → 筋自身で消費
  • 3. 筋、腎臓、赤血球、白血球:グルコース → [解糖系(→ATP)] → 乳酸、ピルビン酸 → 血中を流れて肝(4.)へ
  • 4. 肝:乳酸、ピルビン酸 → [糖新生] → グルコース → 血中を流れて各組織へ供給

グリコーゲンはすぐに使い切ってしまい、次に主に筋肉のタンパク質を分解して得られるアミノ酸を利用します。

  • 5. 筋:[タンパク質分解] → アミノ酸 → 血中を流れて肝(6.)へ
  • 6. 肝:アミノ酸 → [糖新生] → グルコース → 血中を流れて各組織へ供給

この状態でも脂肪を分解して得られる脂肪酸を利用していますが、タンパク質分解を抑制し、さらに脂肪分解を促進させて、脂肪酸をメインのエネルギー源とする省エネモードの代謝に変化します。

  • 7. 脂肪組織:[脂肪分解] → 脂肪酸 → 血中ではアルブミンと結合した遊離脂肪酸として各組織(8.)へ供給
  • 8. 心、腎、筋:脂肪酸 → [β酸化] → アセチル-CoA → [TCA回路] → [電子伝達系] → ATP

糖新生が促進している肝臓では、オキサロ酢酸が枯渇してTCA回路が回らないので、ケトン体を合成するようになります。

  • 9. 肝:脂肪酸 → [β酸化] → アセチル-CoA → [ケトン体合成] → ケトン体 → 血中を流れて各組織(10.)へ供給
  • 10. 各組織:ケトン体 → アセチル-CoA → [TCA回路] → [電子伝達系] → ATP

脳は、脂肪酸が脳関門を通過できないためグルコースのみを利用していましたが、ケトン体を利用できるように遺伝子を発現させて、グルコースの消費を抑えます。


普通に栄養が摂れている状態において、脳はグルコースを唯一のエネルギー源としますから、空腹時あるいは絶食時、血糖レベルを一定に維持することはとても重要です。

  • 絶食:インスリンとグルカゴンの作用 → 代謝を制御 → 血糖レベルは維持
  • 飽食の栄養失調(糖尿病):インスリン作用の不足 → 代謝制御が乱れる → 血糖レベルが上昇

糖尿病の代謝

インスリン作用の相対的または絶対的な不足に起因して、糖代謝、脂質代謝、タンパク質代謝を含むほとんどすべての代謝系に異常を来たし、糖尿病のあらゆる病態で空腹時血糖値の上昇が見られます。

代謝は、同化と異化が協調することにより正常を維持します。

  • グリコーゲンの合成と分解
  • グルコースの糖新生と解糖
  • 脂肪の合成と分解……など

そして、ホルモンやその受容体、シグナルを伝達する物質、化学反応を触媒する酵素などのタンパク質によって複雑に制御されています。

最上流に位置するインスリン刺激は、伝達するにつれて数多くのタンパク質が関与し増幅され、これで正常に働きます。代謝異常は、インスリンシグナルが減衰した結果です。

  1. グリコーゲン分解の亢進
  2. 糖新生の亢進
  3. タンパク質分解の亢進
  4. 脂肪分解の亢進
  5. 脂肪酸分解(β酸化)の亢進
  6. ケトン体合成の亢進

そして、次に挙げるような代謝による変化を生じさせます。

  • 血中に過剰なグルコースの蓄積(高血糖)
  • 血中に過剰なリポタンパクの蓄積(高トリグリセリド血症)
  • 血中に過剰なケトン体の蓄積(ケトーシス)

インスリンとグルカゴンの作用

図1.インスリンとグルカゴンの作用:グリコーゲン分解、糖新生、脂肪分解の各代謝プロセスは、インスリンとグルカゴンの相互作用により制御されます。インスリンは抑制(血糖降下)に、グルカゴンは促進(血糖上昇)に作用します。血中グルコース濃度上昇およびインスリン分泌は、グルカゴン分泌を抑制します。

インスリンは、膵臓の内部に島が浮かぶように散在する内分泌細胞塊(=ランゲルハンス島、膵島)のβ細胞から分泌されるホルモンで、血糖値を下げる方向に働きます。

これに対して、膵島のα細胞から分泌されるグルカゴンは、血糖値を上げる方向に働くホルモンです。グルカゴン分泌の大部分は、膵島分泌インスリンによって制御されている、と考えられています。

インスリンとグルカゴンの分泌

血中グルコース濃度の上昇時

  • インスリン分泌は増加
  • グルカゴン分泌は減少

血中グルコース濃度の低下時

  • インスリン分泌を抑制
  • グルカゴン分泌を刺激

分泌されたインスリンおよびグルカゴンは、図1. に示すような代謝プロセスに作用して、血糖レベルを一定範囲内に維持する働きをします。

しかし、インスリン分泌が低下している糖尿病患者においては、グルカゴン分泌の抑制が効かず、グリコーゲン分解および糖新生の促進により血糖レベルが上昇します。

糖新生の亢進

糖尿病の血糖レベルは、糖新生の亢進により上昇しています。それは、空腹時血糖値において顕著に見られます。

図3.糖尿病における肝臓の糖新生亢進:正常人の空腹時の代謝は、血糖レベルを一定に維持するように働きます。肝臓は、グリコーゲン分解および糖新生により血中にグルコースを放出します。糖尿病のそれも同様ですが、インスリン作用が不足しているために常にグルカゴン優位となり、グリコーゲン分解および糖新生が亢進します。

糖新生は、糖質以外の炭素基質からグルコースを合成する代謝経路で、主に肝臓(わずかに腎臓)において起こります。糖新生の材料は、アミノ酸、グリセロール、乳酸です。

アミノ酸は主に骨格筋のタンパク質分解から、グリセロールはトリアシルグリセロール(中性脂肪)の分解から得られます。糖尿病で体重減少が起こる理由は、このためです。

また、解糖系の最終段階、ホスホエノールピルビン酸からピルビン酸を生成する反応を触媒するピルビン酸キナーゼは、フルクトース-1,6-二リン酸のフィードフォワード調節およびグルカゴンの調節を受けます。

脂肪分解の亢進

インスリン作用が不足している糖尿病では、ホルモンの作用により脂肪組織に貯蔵されているトリアシルグリセロール(別名:中性脂肪、トリグリセリド)の分解が亢進します。

トリアシルグリセロールは、脂肪加水分解酵素リパーゼによってグリセロールと脂肪酸に分解されます。

血中に放出されたグリセロールは、肝臓に運ばれて糖新生の材料になります。

脂肪酸は、血中でアルブミンと結合した遊離脂肪酸として、各組織に運ばれます。

心臓や骨格筋、腎臓などの細胞に取り込まれた脂肪酸は、二酸化炭素と水にまで完全酸化される過程(β酸化→TCA回路→電子伝達系)において、大きなエネルギーを産生することに寄与します。

脳は、血液脳関門を通過できない脂肪酸を利用することができません。

糖新生が亢進している糖尿病の肝臓では、脂肪酸のβ酸化以降、別の代謝プロセスに向かってしまいます。

β酸化(脂肪酸分解)の亢進

肝臓に運ばれた遊離脂肪酸は、細胞内のミトコンドリアに取り込まれ、β酸化のプロセスを経て最終的にアセチル-CoAになります。

肝細胞の細胞質には、アセチル-CoAから脂肪酸を合成するプロセスも存在します。

脂肪酸の代謝方向は、ホルモンの作用や細胞内のエネルギー状態によって、分解(β酸化)または合成のどちらか一方に傾くことが普通であり、正常です。

脂肪組織のトリアシルグリセロール(中性脂肪)は次々に分解されて、脂肪酸とトリアシルグリセロールが肝臓に運ばれてきます。

脂肪酸の代謝は分解の方向に傾いていますので、肝細胞のミトコンドリア内はアセチルCoAであふれます。

ケトン体合成の亢進

肝細胞のミトコンドリア内のアセチルCoAの行く道は、通常の条件下ではTCA回路でさらに酸化され、生じたNADHやFADH2は、酸化的リン酸化の過程においてATPを産生するために利用されます。

脂肪酸のβ酸化によるアセチルCoA生成がTCA回路の処理能力を上回った場合、あるいは、TCA回路の中間代謝物が別の代謝経路に振り向けられて回路がうまく回らなくなった場合、アセチルCoAはケトン体の合成に使われます。

糖尿病の肝臓では次の状態になっており、ケトン体の合成が亢進します。

  • 過剰なアセチルCoAの存在
  • オキサロ酢酸が糖新生に使われてTCA回路で不足

図9.糖尿病における肝臓のケトン体合成の亢進:インスリン分泌が低下している糖尿病において、脂肪分解および脂肪酸のβ酸化が亢進してアセチルCoAは過剰に生成されています。通常であれば、アセチルCoAは、TCA回路で酸化されてATP産生に寄与するのですが、糖新生が亢進している肝臓においては、ケトン体の合成に進みます。

リポタンパク代謝異常

血液中の過剰な遊離脂肪酸は、肝臓に取り込まれて脂肪酸とグリセロールからトリアシルグリセロールを合成し、コレステロールやコレステリルエステルと共にリポタンパクという親水性の「容器」に入れられます。

肝臓において合成された、豊富なトリアシルグリセロールおよびコレステロールを含むリポタンパクは、VLDL(very-low-density lipoprotein; 超低密度リポタンパク)と呼ばれ、トリアシルグリセロールとコレステロールを末梢組織(脂肪組織や心筋、骨格筋)に運ぶために血液中を循環します。

循環中にVLDLのトリアシルグリセロールは、末梢組織の毛細血管内皮に存在する酵素リポプロテインリパーゼにより脂肪酸とグリセロールに分解され、末梢組織の需要に従って利用されます。

VLDLからトリアシルグリセロールを抽出されたリポタンパクは、最終的にコレステロールが豊富なLDL(low-density lipoprotein; 低密度リポタンパク)になります。LDLは、末梢組織にコレステロールを供給したり、肝臓に戻ります。

また、食事からの脂質は、消化管で消化されて小腸から吸収されます。このとき、トリアシルグリセロール(90[%]以上はこれ)やコレステロール、脂溶性ビタミン、コレステリルエステルをアポタンパクに入れて、キロミクロンとしてリンパ管から分泌されます。

VLDLと同様に、トリアシルグリセロールを抽出されたキロミクロンレムナントは、肝臓に吸収されます。

糖尿病では、脂肪組織に貯蔵されているトリアシルグリセロール(中性脂肪)の分解が亢進し、血液中に遊離脂肪酸が多く存在することによりVLDLの合成が促進されます。

また、インスリン作用の低下によりリポプロテインリパーゼの活性が減少し、VLDLおよびキロミクロンは代謝されず血中に蓄積します。

図10.糖尿病において血中に中性脂肪(TAG)が蓄積する機序:糖尿病の脂肪分解は亢進し、血中に遊離脂肪酸が過剰に存在します。この時、肝臓において超低密度リポタンパク(VLDL)の合成が促進します。VLDLの中身はトリアシルグリセロールとコレステロールで、末梢組織において酵素リポプロテインリパーゼにより脂肪酸とグリセロールに分解されるのですが、糖尿病ではこの酵素活性が低下しているため、血中にVLDLという形でトリアシルグリセロール(中性脂肪)が蓄積します。

糖尿病のリポタンパク代謝異常としては、超低密度リポタンパク(VLDL)および低密度リポタンパク(LDL)の増加、またはVLDLの増加、あるいはVLDLおよびカイロミクロンの増加として表れます。

したがって、血清脂質に中性脂肪(トリアシルグリセロール、トリグリセリド)の増加が認められ、脂質異常として高トリグリセリド血症を呈します。