若者は念仏トンネルを通り神威岬まで歩いた(1984年)

美国ユースホステルの岬めぐりツアー、神威岬コースと積丹岬コースに参加した。1日で両方を巡る人は多くはなく、参加人数からすれば神威岬の方が人気があったのだろう。

念仏トンネルを通り抜けたところで、水無しの立岩と海をバックに記念撮影する美国ユースホステル岬めぐりツアーの若者たち。1984年8月24日、美国ユースホステル神威岬コース御一行様。念仏トンネルを通り抜けて、水無しの立岩の前で記念撮影。後ろに人影が見えるが、かつては断崖絶壁の名もなき岬を迂回するために波打ち際を渡った。

1984年当時、積丹半島西海岸側の川白から沼前まで数キロは国道229号の不通区間で、神威岬へ行くには、余市から古平、美国と走る東海岸側を選択するのが普通だった。

神威岬へのアプローチは、余別を過ぎて間もなく「食堂うしお」の所にバイクを停めて、海岸線を歩いて行くことから始まる。バス利用の人は、終点の余別営業所から約1.2[km]、余計に歩かなければならなかった。

岬突端にある神威岬灯台は無人化されているが、1888年(明治21年)から1960年(昭和35年)までの72年間、職員とその家族が居住して守っていたそうだ。

灯台職員やその家族もこれから進もうとする海岸線ルートを通ったのだろうと思うが、写真の中の無邪気な若者たちは、職員らの困難さには思いが至らなかったのだった。

神威岬海岸線ルート

現在は出入り口が封鎖されている神威岬への海岸線ルートは、「食堂うしお」の脇(ストリートビュー画像)を通って海岸に出て、岩礁や大きな石がゴロゴロしている上を1.5[km]ほど歩く。

そこから標高31[m]の尾根まで階段道を一気に登り、約300[m]先の小高いところ(標高78[m])が灯台と岬展望広場。

海岸線ルートの全体図海岸線ルートは、現在も破線(=徒歩道)で表されている。遊歩道や登山道のように道だと認識できる「道」が海岸には無かった。
出典:国土地理院「電子国土基本図」

きつね・たぬき岩

400[m]ほど石の上を歩くと、海面に大きな岩と海岸に小さな岩がある。下図の+印が大きな岩、そして岩礁を挟んで波打ち際に小さな岩。

図の+印が大きな岩積丹ユースホステルではきつね・たぬき岩と名付けているようだが、どれを指すのかは不明。
出典:国土地理院「電子国土基本図」

曇り空の海の波は意外とあって、遠くの積丹岬がかすんで見える。1984年8月24日撮影。岩は「大きな岩」。岩の右に見えるのがワリシリ岬で、トンネルを抜けてあちら側が余別。岩の後方遠くに見えるのは積丹岬。

前日の雨は翌日には上がったものの、意外と波が高い。こんな足元の悪い所をよくもまあ歩いたものだが、石ゴロゴロ海岸の幅は広く、陸側を歩けば波の影響は無かった。

念仏トンネル

きつね・たぬき岩の先には、高さ50[m]から100[m]はあろうかという断崖絶壁が見える。

念仏トンネルがある岬の3D地形図Web上の実際の画像や動画に脳内フィルタを掛ければ、確かにこのような感じ。
出典:国土地理院「電子国土基本図」(標準地図に1974年~1978年撮影空中写真を重ね3D化)

石ゴロゴロ海岸の幅は徐々に狭くなり、岩礁が目立つようになる。ついには石ゴロゴロ海岸は消え、その先に念仏トンネル入口はあった。

念仏トンネルを出ると右手に水無しの立岩が見える。昔の人たちは絶壁の波打ち際を壁に張り付きながら、そして岩礁を渡って岬を迂回していたなんて……自分なら躊躇する。

今は部屋に居ながらドローンからの動画で岬の波打ち際を確認することができる。ただ、被写体が大きすぎてスケール感を狂わされるので、人の大きさを想像して見てほしい。

尾根に上がる階段道

念仏トンネルを出て岬から離れていくと、また石ゴロゴロの海岸が続く。700[m]ほど歩いたら高さ31[m]の尾根に向かって階段道を上がる。

尾根に上がる階段の空中写真尾根に上がる階段の空中写真の3DZ形に見える白い「筋」が神威岬の尾根に上がる階段道。1段の高さを16[cm]とすると最低でも194段は必要だろう。海岸から延びる階段部分は、石組みの堅牢な造りに見受けられた。
出典:国土地理院「電子国土基本図」(1974年~1978年撮影空中写真)

石ゴロゴロの海岸からやっと解放されると思い階段の先に目をやれば、「ここ登るのかよ」と力が抜けたことを思い出した。革ツナギにブーツというバイク乗りの恰好で歩いていたから。

現在は、立ち入り制限により長年整備されていない階段道の所々が土砂に覆われ、そこに草木が生え、尾根ルート(チャレンカの道)から階段の痕跡を見ることができる。

岬への尾根道

尾根に上がったら、300[m]ほどで灯台と岬展望広場に着く。

ほとんどの人が撮るであろう神威岬の超有名撮影被写体、神威岩の写真を撮ってはいなかった。デジカメのように手軽に何枚も撮ることができないフィルムの時代だった。

神威岬の上から下を見ると、海は青く透き通っていた。1984年8月24日撮影。高さ6~70[m]はあろうかという神威岬の下の海は青く澄んでいて、手が届きそうだった。(ここでもスケール感を狂わされた!)

神威岬尾根ルート

尾根ルートは、海岸線ルートで神威岬へ行った後の帰り道。

尾根道が終わると見どころも無く、隈笹の平原を抜け、山裾に沿って海岸側へ歩き、「食堂うしお」脇の旧神威岬入口(ストリートビュー画像)に下る。

現在は隈笹の平原に駐車場ができ、そこまで自動車やバスで行けるようになった。

尾根ルートの全体図現在の「女人禁制の門」のところから隈笹の平原を通る直線とそれに続く道筋。歩いたことのある人なら確認できると思う。
出典:国土地理院「電子国土基本図」(1974年~1978年撮影空中写真)

「女人禁制の門」から岬展望広場までの遊歩道は「チャレンカの道」という小洒落た名前で呼ばれているが、当時は普通の尾根道。

現在の「女人禁制の門」をくぐったところから灯台がある岬先端を望む。1984年8月24日撮影。海岸線ルートで岬先端まで行き、尾根ルートで戻る途中。ようやく尾根道が終わり、疲労感がありありと出ている。

偶然にも、上の写真と同じ場所で撮った写真があった。場所は「女人禁制の門」を通ってすぐで、構図もほぼ同じ。

「女人禁制の門」をくぐり、夕方の神威岬先端を望む。神威岬から見た夕陽国道229号全線供用開始(1996年)以降に2度目の神威岬。上:夕陽を見るために岬展望広場へ向かっている途中。下:神威岬からの夕陽。意外とたくさんの人がいた。

夕陽を安心して見に行くことができる観光地になりました。